トークセッションとワークショップがセットとなった新しい切り口のシリーズ企画

レポート「海から見る岡山」

レポート「海から見る岡山」

日 時2018年10月20日(土) 11:00〜16:00 
開催地松島分校美術館(倉敷市下津井松島2563)
講 師髙原次郎兵衛正伸(建築家、うなぎ漁師)、在間宣久(前岡山県立記録資料館 館長)、加瀬野久志(船模型製作家)
概 要http://o-bunren.jp/post-2453/

2017年から開催してきた文化芸術交流実験室。第12回の様子をレポートでお届けします。

この日の会場は、普段は定期船が出ていない松島。児島観光港から船をチャーターして、ゲスト・参加者が一緒に移動。廃校を活用したスペースでお話を聞き、多くの資料と出会うことができました。

高原さんは、玉野の八浜生まれ。自分が生まれる少し前(1959年)に児島湾に締切堤防が設けられ、水辺の風景が変わってしまったこと、それまでは岡山市の京橋(旭川)から、倉敷川経由で玉島まで航行できたこと、高原家のルーツは瀬戸内海の直島にあることなど、自らのルーツを交えながら、かつての海の風景と、その魅力について語ってくださいました。福岡の糸島にいた時に、興味が高じて木造船を譲り受けて自ら補修。船旅で岡山へ戻ってきたそうです。小型の船は、江戸時代の帆船くらいの速度で、1日にほどよく進める30海里(約55km)を目安に北前船の寄港地があること、陸や橋を走る車や鉄道がひどく忙しく見え、海上が本来の自然なペースであることなどを実感できたそうです。

在間さんは、海辺の寺社や港、墓地などにある石造物や、関連資料を通して港や水運の様子がどのように見えてくるのかを語ってくださいました。玉島の羽黒神社などの玉垣(囲い)には寄進をうけて刻まれた文字があり、そこから函館、秋田、能登輪島、京都、兵庫、大阪といった地域との取引があったことが読み取れるそうです。牛窓には、九州から多くの杉材が運ばれ、木造和船の構造材として重宝されたそうです。港はその地理的位置や背後地の産業との関わりから特徴を持ち、時代の変化も受けて変わっていくとのこと。水運は鉄道の登場が決定打となり廃れたと言われていますが、積荷を石炭などに変え、焼玉エンジンを積んだ機帆船の登場によりその後も産業に寄与していったのです。

加瀬野さんは、今では見ることのできなくなった昭和の時代の木造船や、造船の様子をおさめた写真、8mmフィルムで撮影した進水式の様子、自らが制作している船模型を紹介する映像などの資料を見せてくださいました。小型船の上からしかける四つ手網漁、進路保持のための小さな帆だけがついた貨物船、積荷が沢山でも重心のとりやすいみかん船、島をめぐりながら醤油を売りまわる醤油船、転倒するように船体を傾け海中に石を落とす石船など、実に様々な船があったことがわかりました。

参加者の中にも、ヨットで旅に出かけている方、島めぐりが好きな方、港で生活されている方などがいて、皆さんにも海や船との関わりや思い、今日の話を通して感じたことなどを話していただきました。

児島観光港からチャーター船で松島へ移動

会場となった松島分校美術館(2019年4月から本格活用を予定)

加瀬野久志さんの写真に見入る参加者

左から髙原さん、在間さん、加瀬野さん

ランチに登場した下津井わかめのスープ

 

文化芸術交流実験室 

テキスト:橋本誠(ノマドプロダクション)