レポート「特別対談『食は文化の交差点」』

レポート「特別対談『食は文化の交差点」』

日 時2022年10月14日(金)14:30〜15:30
開催地:対面&オンライン配信
会場:RSK山陽放送 能楽堂ホールtenjin9(岡山市北区天神町9-24)
講 師:大原謙一郎(公益財団法人大原美術館 名誉館長、一般社団法人人文知応援フォーラム 代表理事・会長)/大月ヒロ子(有限会社イデア 代表取締役、おかやま文化芸術アソシエイツ プログラム・コーディネーター)
YouTube配信OKAYAMA CULTURE V -おかやまカルチャー・ヴィ-

2022年で第20回を迎えた「おかやま県民文化祭」の主催事業「これがOKAYAMA!プログラム」では、毎年「地域×テーマ」を変えながら岡山県内の文化芸術を調査・活用し、新たな価値の再発見や楽しみ方の提案を行っています。2022年度は「美作国 食は文化の交差点」と題して、美作地域の食とつながる様々な事象を文化芸術の視点で切り取って紹介してきました。

10月14日には、岡山県文化連盟の特別顧問であり一番の応援者でもある、大原美術館名誉館長の大原謙一郎氏と、日本におけるクリエイティブ・リユースの第一人者であり、これがOKAYAMA!プログラムの企画・監修を務める大月ヒロ子の特別対談を開催しました。岡山県をそれぞれの視点で見つめてきた2人に、「食は文化の交差点」というテーマで、食とは? 地域の文化とは? これがOKAYAMA!プログラムとは? おかやま文化芸術アソシエイツとは? 地域の未来とは? について語り合っていただきました。

今回は「tenjin9」の本格的な能舞台を借りて、会場に集まった多くの参加者とオンライン視聴者に見守られながらの公開対談を開催しました。厳かな空間ながら、笑みのあふれる和やかな雰囲気の中でトークが行われました。

まずは対談に先立ち、おかやま県民文化祭実行委員会委員長であり、公益社団法人岡山県文化連盟会長の若林昭吾より主催者代表の挨拶がありました。続けて、大月さんが対談の趣旨とテーマ「食は文化の交差点」の説明を行いました。

大月さんは、以前に大原さんの自宅であった大原本邸(旧大原家住宅)を見学した際に、土間に立派な竈(かまど)があったことが印象に残り、その空間でどんな食の風景が繰り広げられていたのか、とても興味が沸いたのだそうです。また、大原さんが理事長を務める倉敷民藝館の70周年座談会では、初代館長の外村吉之介さんと語った「館内にペチカ(暖炉)付きの台所を作りたい」という話題に対して食を尊ぶ姿勢を感じたこと、「これがOKAYAMA!プログラム」の小冊子で取材した美作地域のユニークな食文化に驚いたことを話しました。スライドでは大原本邸の台所や伝統的な調理道具の写真を紹介し、文学、美術、映画など様々なジャンルの交差点にある「食」についてのトークを大原さんと展開していきました。

大原本邸にある立派な竈(かまど)

ロシア製の伝統的な湯沸器「サモワール」

河井寛次郎が川田順に贈った器

「食は文化の交差点」というテーマについて 

大原さんは「交差点」というキーワードに対して、ジャンルのみならず物理的な交わりの意味もあると捉えています。かつて出雲街道は鳥取と岡山を結ぶ「鯖街道」と呼ばれ、途中の美作地域には鯖寿司の文化が育まれました。大原さんはこのことを例に挙げ、「地域を結ぶ交通路や要所もまた、それぞれの食と文化が交わり合う交差点と言えるのではないだろうか」と話しました。

また、大原さんは自身が尊敬する人類学者の石毛直道氏について、「食は文化である」ということを民俗学の視点から先駆的に実証した人物として紹介。その中で取り上げたのは、食文化研究者であった石毛氏を表したという「世界中の食を受け入れる人は、世界中の人を受け入れ、世界中の文化を受け入れる」の言葉。まさに今回のテーマに通ずるものであり、「その視点から、食文化というものをより深く掘り下げていきたい」とまとめました。

大原さんは幼少期の飢餓体験や、民芸の世界から感じた食文化、陶芸家と旅した沖縄で食べたという黒砂糖の思い出など、自らの食体験にまつわるエピソードを披露し、参加者も興味深く耳を傾けました。スライドでは大原家が所有する貴重な食器が映し出され、陶芸作家の河井寛次郎が「この食器でメシを食って元気になれ」と、病弱だった歌人・川田順に贈ったという逸話も紹介されました。

食と美術 

大原美術館には、食の風景を描いたコレクションが幾つか所蔵されています。大月さんはその中からアンリ・ル・シダネル作「夕暮の小卓」(1921年)という絵画の魅力について説明しました。絵の中には、運河の脇に置かれた小さなテーブルの上に2人分のコーヒーカップやワイン、果物などが置かれていて、そよ風にあたりながらのんびり食事とおしゃべりを楽しむ情景が伝わってきます。また、「Suzu」というハーブリキュールの実際のラベルがコラージュされたピカソの作品「コップとスーズの瓶」(1912年)にも触れ、作品から垣間見える食の風景に、「美術と食というのはどこか近しいというか、通じる部分がある」と語りました。

食と音楽 

大原さんは、食と音楽にまつわる想い出を紹介。大原家では、食事の際に必ず音楽をかけていたそうで、BGMの主導権は父親が握って離さなかったそうです。「モーツアルトやシューベルトならホッとするし、ワグナーとかならちょっと勘弁してよ、という感じ。父が選ぶ曲次第で、食事の雰囲気が楽しい時もあれば苦行になる時もありましたね」と懐かしく振り返りました。続けて「食事の時の音楽は何が合うのか」というテーマに移り、大原さんは日本料理と世界の料理における感性の違いへと話題を広げました。季節、旬、調理、器も含めた日本の食文化の素晴らしさ、地方の多様な食文化の価値にも着目し、「日本中の食に親しむものは日本中の人を受け入れる。そんなことが日本で、世界で起こったら素晴らしいと思う」と語りました。

アンリ・ル・シダネル「夕暮の小卓」(1921年作)大原美術館蔵

ピカソが作品のモチーフにしたハーブ酒「Suzu」

これからの食のあり方について  

最後に、大月さんが今後の食のあり方について質問を投げかけます。大原さんは、深刻化する食料問題や食の環境負荷について向き合っていく中で、「たとえ人類が生き延びるための食べ物が変わったとしても、みんなで一緒に楽しく食べることは変わらず大切にしていきたい、みんなと一緒に食べることは、お互いを思いやること。それも食文化の基本であるとして、「食というものが人の手を繋いでいくきっかけの一つになれば」とまとめました。

大月さんは、「かつての台所は、浄と不浄の境目にあった豊かな場所。例えば暖房と調理の両面で役に立つ暖炉のように、マルチな役割はかえって未来的で素晴らしいし、伝統的な生活道具が持つ合理性と豊かさを生かせるような、現代の台所が生まれてほしいと思う。昨今はマルシェの人気や保育・教育などの食環境の見直しといった、みんなで食を楽しむことを大切にする場面が増えている。そこには様々な文化が融合して、失いつつあるものを新たな形で結び直そうという本能的な動きを感じられる」と語りました。

最後に「食文化について考えを広げながらも、たまには難しく考えずに美味しいものを無心に味わいたい。そんな時があるのも良いと思う」と笑う大原さん。「食も文化も楽しみ方は共通した部分がある。食から様々なことを繋げていき、ない交ぜにしたものが新しい時代の人文知となって、次の時代を作っていくのでは」と締めくくりました。

暖房や調理に使える火鉢

食文化について話す大原謙一郎さん

能楽堂ホールtenjin9

RSK山陽放送の新社屋「RSKイノベイティブ・メディアセンター」の1階にある全天候型の能楽堂ホール。三間四方の本舞台と三間の橋掛りを持つ、総桧造りの能舞台を備え、本格的なLED照明・音響機器も導入されている。文化芸術ゾーンとして知られる岡山市北区天神町のランドマークであり、文化価値創造の拠点として、伝統芸能をはじめ各種講演会、展示会、式典、ワークショップなどの様々なプログラムに活用されている。
http://tenjin9rsk.jp/

テキスト:溝口仁美