Youtube配信 ⑥ プロによるプロのための指導とは。オペラの練習風景から
このシリーズでは、文化芸術が日々生み出される場所と、そこで創作や生活をしている表現者に会いに出かけます。日頃私たちが足を踏み入れることの出来ないプるのでしょうか。訪問実験室の映像や登場する人々の言葉を通して、これまで関わりのなかった分野に、突如、興味が湧くかもしれません。進むべき道に迷っている学生の方々にも、おすすめです。
シリーズ6回目は、何となく素人には敷居の高いオペラの舞台裏をのぞき見します。岡山市内にあるルネスホールでは、大学などで声楽の専門教育を受けたのち、地域で活動する声楽家の皆さんが改めてオペラを学び、その成果を発表する実践型のアカデミー「アルテ・シェニカ」に取り組んでいます。プロによるプロのためのオペラ指導の現場では、何が起こっているのでしょうか。現状に満足せず表現者として常に高みを目指し続けるための工夫に迫ります。登場人物のイメージを膨らませ、作曲家の意図する表現に近づくための絶妙な言葉かけや具体性のある指示内容はどなたでも十分に共感できるものです。練習風景を知ることで、オペラがぐっと身近に感じられるはずです。
形 式 / YouTube配信(岡山県文化連盟 公式チャンネル「おかやまカルチャー・ヴィ」にて配信中)
対象者 / 音楽、歴史、語学、美術
ルネス・アカデミー アルテ・シェニカ(舞台表現) オペラ部門
岡山県在住の若いアーティストの育成及び公演のクオリティー向上のための研修を行い、舞台表現に欠かせない技術・表現法を現場的、実践的な実習で、即戦力になるアーティストを育成することを目的として、平成29年にスタート。Made in OKAYAMAの本格的なオペラの開催と、アーティストが岡山在住でも生活できる環境を目指して、一年間、毎週のようにレッスンを続け、その集大成となる修了公演を行っている。
おかやまカルチャー・ヴィ 備前国 溶け合う異文化(冊子PDF)
収録レポート
今回の訪問実験室は、本番の4カ月ほど前から数回にわたってルネスホールの稽古場に足を運び、熱意あふれるレッスンの様子を見学、収録しました。ここでは研修生が年齢や経験値、立場を越えて切磋琢磨しながら、オペラのプロフェッショナルとしてさらなる表現力を磨いています。
稽古場では指揮・音楽指導の奥村哲也さん、同じく指導役を務める柾木和敬さんらが、一人ひとりの歌や表情、動きを注意深く観察。時に厳しくゲキを飛ばし、時には例え話を交えながらユーモアたっぷりに指導を行います。キャストの表情も真剣そのもの。納得がいくまで対話と練習を重ねます。
第5期修了公演の演目は「カプレーティとモンテッキ」「蝶々夫人」「ラ・ボエーム」。いずれもオペラの名作で、幕ごとにキャストを交代しながら演じます。
現場には緊張感と和やかな空気が入り混じり、迫力のある生声とピアノ伴奏が本番への高揚感をかきたてます。本番で最大限のパフォーマンスを発揮することが目的ですが、試行錯誤しながらみんなで作品を紡いでいく過程にも、「生の舞台芸術」ならではの醍醐味があります。稽古場は、舞台上とはひと味違うライブ感に満ちあふれていました。
アルテ・シェニカの総監督を務めるのは、岡山を拠点に声楽家として活躍する佐々木英代さん。インタビューでは、2017年に設立してからの5期分にわたる活動記録を前に、アルテ・シェニカの成り立ちや研修内容について語ってくださいました。
同アカデミーには、プロとして豊富な経験を持つメンバーも参加。佐々木さんは、キャリアを持った研修生が自分の殻を破って学びを得る姿勢に、とても感激しているのだそうです。
研修生には県外組も多く、それぞれが仕事や家事、育児と両立させながら自主練や稽古に励んでいます。研修生の方が、アルテ・シェニカの活動について教えてくださいました。
「オペラができる場というだけではなく、歌と演技の懇切丁寧な指導が受けられるのが大きな魅力。地方ではオペラを教わる機会が少ないので、継続的に学べることのありがたみを感じます」
「首都圏や関西からオペラの経験豊かなプロの方々に助演として来ていただき、プレーヤーとしてアドバイスをいただきながら一緒に舞台を作ってもらえることは、とても貴重な経験となっています」
「先生方がいろいろな言葉でアドバイスをくださるのですが、それを歌や演技に落とし込むまでが難しいですね。いったん宿題として持ち帰り、次のレッスンで披露して答え合わせ、の繰り返し。指の動き、視線の向け方ひとつとっても、お客様に伝わるベストな表現方法を突き詰めていきます」
オペラでは、作品のストーリーや登場人物の心情を歌や演技で豊かに表現していきます。柾木さんのインタビューで挙がったのは、「感情が見える演奏・聴ける演奏」というキーワード。オペラでの感情描写や楽譜を読むことについて、奥の深い話をしてくださいました。
奥村さんが投げかけるのは、歌や物語の背景にある心情や情景といった「表現の源」となる部分。そこを深く感受し、舞台でどう伝えるのかまで大切に考えながら、お客様の心を掴む歌や演技を追求していきます。
1年間の研修の集大成となった第5期修了公演は、開催された2日間とも満員御礼。観客も素晴らしい舞台に魅了されました。
人間を描くドラマこそがオペラの面白さ。人を愛する喜び、裏切られた怒り、別れの悲しさといった感情は、国や文化、時代を超えても変わらないものであり、オペラの圧倒的な芸術性は、私たちに心を揺さぶるほどの感動を与えてくれます。
研修生もさまざまなフィールドで活躍しながら、一生懸命オペラの学びを続けています。
「仕事や家庭、普段の生活があってもオペラを続けられる。その幸せを感じているから、凹んでも立ち直れます。魂をこめた舞台で、お客様に喜んでもらうことが最高の幸せです」
岡山に舞台芸術を発信し、声楽家のコミュニティとして横のつながりも創出しているアルテ・シェニカ。岡山発「オペラの学び場」として、今後も期待が寄せられています。
講師紹介
佐々木 英代(ささき ひでよ)
国立音楽大学声楽科卒業。日本歌曲の研究・普及をライフワークとし、1976年より近代日本音楽研究会を主催し、リサイタルや日本のうた講座、アミカコンサート等、日本歌曲連続演奏会を開催。合唱指導も永年携わり、岡山は元より6ヶ国11回の海外公演を為し、ルネスホールと共にアウトリーチ事業にも力を注いでいる。第1回岡山県芸術文化賞受賞。あっ晴れ!おかやま地域文化賞受賞。マルセンスポーツ・文化特別賞受賞。地域文化功労者文部科学大臣表彰
受賞歴:あっぱれ!岡山地域文化賞受賞。岡山県芸術文化賞受賞。第11回マルセンスポーツ・文化賞~特別賞受賞。2015年、京都・仁和寺より表彰される。令和2年度地域文化功労者文部科学大臣表彰授与。岡山市より令和3年度(2011年、11月)岡山市自治功労・有功表彰授与。令和4年7月岡山芸術文化賞・地域貢献賞受賞。
奥村 哲也(おくむら てつや)
1988年渡英しLondon College of Musicに於いてクラシックギター、指揮法、作曲を学ぶ。帰国後、ギタリストとしてはソロリサイタルやデュオリサイタル公演、FM放送等で演奏。オペラ指揮者としては、関西二期会「ティレジアスの乳房」「モンテカルロの女(日本初演)」「ドン・ジョヴァンニ」「秘密の結婚」「ルクリシアの屈辱」「夜鳴きうぐいす」「声」、関西歌劇団「カルメン・ハイライト」「フィガロの結婚(大阪文化祭賞奨励賞受賞)」「皇帝ティートの慈悲(大阪文化祭賞奨励賞受賞)」、名古屋二期会「ラ・ボエーム」、「藤戸」、四国二期会「秘密の結婚(佐川吉男奨励賞受賞)」、日本オペラ連盟「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」、兵庫芸術文化センター「藤戸」、札幌文化芸術劇場hitar「フィガロの結婚」、ミラマーレオペラ「セヴィリアの理髪師」、西日本オペラ協会「愛の妙薬」「フィガロの結婚」「カプレーティとモンテッキ」「秘密の結婚」「ヘンゼルとグレーテル」、広島シティーオペラ「ドン・ジョヴァンニ」「ラ・ボエーム」「アイーダ」「パリアッチ」「ジャンニ・スキッキ」「トゥーランドット」、大阪城創作野外オペラ「千姫」、札幌オペラ祭「バスティエンとバスティアンヌ」、京都芸術劇場「月の影」等をはじめ、その他多数のオペラプロダクション公演や、音楽・芸術大学公演を指揮。関西フィルハーモニー管弦楽団、日本センチュリー交響楽団、大阪交響楽団、九州交響楽団、札幌交響楽団、ザ・カレッジオペラハウス管弦楽団、エウフォニカ管弦楽団、京都フィルハーモニー室内合奏団、瀬戸フィルハーモニー交響楽団、オオサカ・シオン・ウインドオーケストラをはじめとするオーケストラとの公演や、国内外のソリストとも多数も共演。相愛大学・くらしき作陽大学各非常勤講師として後進の指導にもあたる。
柾木 和敬(まさき かずよし)
国立音楽大卒業後にヨーロッパに渡ってオペラデビューを果たし、各国で公演に出演。プロテノール歌手として活躍する。ルネスホール(岡山市北区内山下)でオペラ研修事業を立ち上げて専門的な発声法や歌唱法などを指導し、地域文化の向上と後進の育成にも当たっている。1987年 岡山県立玉野光南高等学校卒業/1991年 国立音楽大学音楽学部声楽科卒業/1997年 オペラ「椿姫」でヨーロッパデビュー(スロベニア国立ルブリアーナ歌劇場)以降、オーストリア、ドイツ、フランス、イギリス、ノルウェー、オランダ、ベルギーなどヨーロッパ各国でオペラ公演に出演/2002年 イタリア エウロペア音楽アカデミー プロフェッショナルコース終了/2006年 福武教育文化振興財団 文化奨励賞受賞/2008年 イタリア ブスコルド市立歌劇場と契約/2012年 マルセン・スポーツ文化振興財団 文化賞受賞/2017年 ルネスアカデミー「アルテ・シェニカ」のオペラ部門主任講師就任。
聞き手
高田佳奈
映像編集
皿井淳介
収録レポートテキスト
溝口仁美